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嘘を信じた観客と作り手の共犯関係|NWAが築いたプロレス×エンタメ戦略


みなさんこんにちは、

デザイナーのウエマツです。



私たち、プロレスデザインラボでは、「ラボ」という名前の通り、プロレスやそれに関するデザインをデザイナーという視点から研究・考察していくことも大事な活動と考えています。


前回の記事で、「プロレスの起源と進化」について書きました。



プロレスの起源と進化



そこで今回は、ルチャ・リブレの話に入る前に、前回の記事を深掘りして

『NWAが築いたプロレス×エンタメ戦略』

について考えてみたいと思います。



プロレスとビジネスの交差点


「プロレスって、要は筋書きのあるショーでしょ?」

そんな言葉を聞くと、つい苦笑いしてしまいます。


確かに“ショー”であることは間違いない。

でもその舞台裏には、感情を動かすための設計図があり、観客を惹きつけ続けるためのビジネスモデルが息づいます。



今回は、そんなプロレスの“仕組み”に注目してみました。

特に焦点を当てるのは、1948年に設立された「NWA(ナショナル・レスリング・アライアンス)」という歴史的なプロレス団体と、それを立ち上げたプロモーターたちのビジネス戦略。


リングの上だけじゃない、舞台裏のロジックと感情設計。

“スポーツエンタメ”という概念がどう生まれ、育っていったのかをひも解きながら、現代のコンテンツビジネスやブランド構築にも通じるエッセンスを探っていきます。





CACCの柔軟性が切り開いた興行の未来


プロレスとビジネスの交差点



19世紀後半から20世紀初頭、ヨーロッパでは2つのレスリングスタイルが並行して発展していました。


一つは上半身中心の攻防で構成された『グレコローマンスタイル』

もう一つが関節技や寝技も自由に使える『キャッチ・アズ・キャッチ・キャン(CACC)』



グレコローマンは、フランスなどで体系化された形式美を重視したスタイルで、オリンピックの正式種目にも採用されたことから、「権威あるスポーツ」として確固たる地位を築いていきました。


一方、キャッチはイギリス・ランカシャー地方で育まれた“なんでもあり”の実戦形式。

民俗レスリングから発展したこのスタイルは、上半身・下半身ともに攻撃可能で、抑え込みや関節技など多彩な展開が可能でした。



この違いが、

そのまま「残ったスタイル」と「残らなかったスタイル」の分岐を生んだとも言えます。


キャッチは、カーニバルや移動サーカスでの“チャレンジマッチ”との相性が抜群でした。

観客を楽しませるには、「勝敗の明快さ」と「見た目のインパクト」が重要です。


関節技で相手をねじ伏せる、あるいは見事な技で逆転勝利するという流れ。

興行として非常に映える。

ショービジネスの中で進化していくうえで、キャッチの柔軟性は圧倒的な強みだったのです。


一方のグレコローマンは、ルールが厳格でパフォーマンス性が低く、見せる格闘としての展開には不向きでした。

スタイルの“整いすぎ”が、観客とのインタラクションを生みにくく、エンタメ化が難しかったともいえるでしょう。



そしてアメリカに渡ったとき、キャッチは現地の“ラフ&タンブル”文化と融合し、ストーリー性とキャラクター性を持つ、現代プロレスの原型へと変化していきます。


フック(関節技)による確実な決着、キャラクター性の導入、そして興行収益性の高さ。

すべてが「キャッチ」に軍配を上げたのです。


こうして、グレコローマンは公式競技として残り、キャッチは“ショーの格闘技”としてプロレスという新しいジャンルを切り拓いていきました。




「ワーク」は堕落ではなく、戦略だった



プロレスとビジネス


プロレスを語るとき、避けて通れないのが「ワーク」という概念。

つまり、**試合結果や展開をあらかじめ決めた“筋書きのある試合”**のことです。



この言葉に対して、

「八百長では?」「競技の堕落では?」

といった言葉をよく耳にします。



しかし、その捉え方だけではプロレスという文化の本質を見誤ってしまうかもしれません。


「ワーク」の導入は、レスラーの怠慢や誠実さの欠如からではなく、

ショービジネスとしての進化の“戦略”だったのです。


20世紀初頭、アメリカではリアルな競技であることにこだわりすぎたレスリングが、観客の興味を失い人気が低迷します。


そこで登場したのが、

“面白く魅せること”に重点を置いたプロモーターたち


彼らは、派手な技やドラマチックな逆転劇、分かりやすいヒーローと悪役の構図を導入し、興行の質を飛躍的に高めました。


これを実現するために必要だったのが、「ワーク」という技術でした。


「ワーク(筋書きのある試合)」の導入は、単一の出来事ではありません。


経済的インセンティブ(収益性、ギャンブル)、実際的な考慮事項(パフォーマーの安全性、スケジューリング)、そして観客の欲求(エンターテイメント、明確な物語)が複合的に作用した進化的プロセスから生まれたものでした。


まず、経済的な理由として、より多くの観客を集めるためにエンターテイメント性の高い試合が求められ、興行としての収益を安定させる必要があります。


ギャンブルとの関係も深く、確実に“結果が読める”試合が好まれる傾向にありました。



次に実際的な理由として、レスラーの怪我のリスクを減らしスケジュールを安定化させる。巡業を効率的にこなすためには、ある程度コントロールされた試合が理想的だったのです。



ワークは選手の安全を確保しながら、安定したストーリーテリングと高い演出力を生むためのツールです。

格闘技という枠を超え、観客を引き込む劇場型スポーツへと昇華させた鍵でもありました。



さらに、レスラーたちも公私の境目なくキャラクターを演じきる「ケイフェイ(Kayfabe)」を徹底。

観客もまた、その演じられた現実を承知の上で楽しむという、ショービジネスならではの暗黙の共犯関係が築かれていきました。



このように、プロモーター、レスラー、観客、すべての立場にとってメリットがあり、互いの利害が一致する形で徐々に浸透していったのです。


つまり「ワーク」は、観客の期待を裏切らず、それでいて予測を超える驚きを提供するための設計図と捉えることができます。


単なる勝ち負けを超えて「どう感動させるか」を突き詰めた緻密な戦略と演出。


だからこそプロレスは、何十年経っても多くのファンの心を掴み続けているのです。






NWA設立者たちのビジネスモデルから学ぶ“継続する仕組み”


NWA(ナショナル・レスリング・アライアンス)


プロレスのビジネスが本格的に“全国区”として成立しはじめたのは、1948年のNWA(ナショナル・レスリング・アライアンス)設立がひとつの転換点でした。


これは単なるプロモーターの連合ではなく、

「どうすれば持続的にプロレスというビジネスが回り続けるのか?」

という問いに対する、ひとつの答えだったのです。



NWAが築いた仕組みの中で、最も特徴的なのが「テリトリー制」と「巡業チャンピオン制度」でしょう。


テリトリー制とは、全米をいくつものエリアに分け、それぞれのエリアで地元プロモーターが独立的に運営を行いながらも、共通のルールと世界チャンピオンを共有するというモデルです。



この仕組みの何が革新的だったのか?


それは「競合を避けて協業する」戦略が、地域のプロモーターにとっても、レスラーにとっても、そしてファンにとってもメリットがあったという点です。


地元の人気レスラーを目当てに観客が集まりつつ、定期的に“巡業”してくる世界チャンピオンが登場することで、ストーリーに大きなうねりが生まれる。


つまり、地域に根ざしながらも、全国的な物語としての一貫性を保つことができたのです。


また、NWAはスター選手を安定供給する仕組みとして、タレントのヒエラルキーを整備。


実力と人気の両輪を備えた選手をチャンピオンに据え、挑戦者やライバルといった役割も含めて、継続的なストーリーテリングができる土台を作りました。



ここで特筆すべきは、

「ストーリーがあるから選手が輝く」のではなく、

「仕組みがあるから、ストーリーが継続する」という逆転の発想です。


一発のブレイクだけで終わらず、観客を“育てる”長期的な仕掛けが、すでにこの時代から組み込まれていたのです。



そしてもう一つ重要なのが、「ケイフェイ」の徹底。


レスラーたちは試合中だけでなく、日常でもキャラクターを演じきり、リアルとフィクションの境界を曖昧にすることで観客の没入度を高めました。


これは今で言えば、ブランドイメージを守り抜く「マーケティング戦略」に近く、世界観に徹底してこだり、商品価値を最大化したわけです。



こうしてNWAが確立したビジネスモデルは、プロレスを“ただの格闘”ではなく、“継続可能なエンターテイメント事業”へと昇華させました。


・スターをつくる

・ストーリーを続ける

・ブランドを守る


この3つの要素を、現場と仕組みの両面から設計していたからこそ、何十年もの間、観客の熱狂が冷めなかったのです。




ケイフェイの本質──フィクションと信頼の境界線


ケイフェイの本質──フィクションと信頼の境界線


プロレスにおいて欠かせない文化、それが「ケイフェイ(Kayfabe)」です。


一言でいえば、“フィクションを現実として貫き通す”という暗黙のルール。


レスラーはリングの上だけでなく、控室でも日常生活でもキャラクターを崩さない。

悪役は悪役として、ヒーローはヒーローとして、現実と物語の間に明確な線を引かないのです。


もちろん観客の多くは「これは演出だ」と気づいています。


それでも人々は熱狂し、涙し、ブーイングを浴びせながらもチケットを握りしめて次の大会へと足を運ぶ。



なぜか?


それは「嘘であることを前提に、信じることを選んだ」から。


これは単なる欺瞞ではなく、プロレスという物語世界を共有するための“契約”だったのです。


ケイフェイとは、単なる秘密主義ではありません。

むしろ、それを守ることによって生まれる信頼の物語です。

「この世界は本物だ」と信じたい観客と、「その期待に応える」というレスラーの覚悟。


そこにあるのは、フィクションを通じて築かれる、揺るぎない信頼関係です。


信じるためにあえて演じる。

それが、プロレスを成り立たせてきた“仕掛け”なのです。




【まとめ】“信じたくなる物語”を、仕組み化する



柔軟なスタイルを持ち込んだキャッチ・アズ・キャッチ・キャン。

商業的な合理性から生まれた「ワーク」。

そして観客とレスラーが暗黙の了解で守り続けたケイフェイという文化。


“盛り上げて終わり”ではなく、“続けるための仕組み”をつくる。

それが、エンタメとしてのプロレスを支えた最大の武器でした。


そしてこの構造は、現代の私たちのビジネスやブランドづくりにもそのまま応用できます。


現代のSNS社会では、舞台裏や本音がすぐに暴かれがちですが、それでもなお人々は「演じる」ことに価値を感じています。


 なぜなら、物語に没入できる環境は、現実のストレスから心を解放する場でもあるから。


プロレスのケイフェイは、エンタメにおける「没入設計」の最たるものだといえます。


プロレスは、ただの格闘技ではなく、演出、物語、顧客体験、そして信頼の積み重ねで成り立つ「総合ビジネス」です。

NWA設立者たちが築いた仕組みには、現代のブランド構築やIPビジネスに通じるエッセンスが詰まっています。



そして私たちが関わる“デザイン”の仕事も、見る人の想像力を刺激する。

単にかっこいいビジュアルをつくるだけでなく、"続いていくための設計図"を共に描いていく。


そこにこそ、デザインの役割があると信じていきます。




ウエマツでした。

プロレスマスクデザイン





 
 
 

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